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ifシリーズ【今川軍尾張侵攻編】

1 :無名武将@お腹せっぷく:01/10/18 03:01
仮説シリーズ第一弾です。
桶狭間での局地戦を何とか凌いだ今川軍は尾張領内に本格的に侵攻してきました。
さてその後の展開は如何に?

2 :無名武将@お腹せっぷく:01/10/18 03:07
主力を撃破されて戦意の低い織田方の城は次々に降伏、
難なく尾張を手に入れた今川は取り敢えず尾張経営

3 :無名武将@お腹せっぷく:01/10/18 05:01
>>2
問題はそこから先だよ〜ん

4 :ズバリマン:01/10/18 06:23
足利義輝と三好松永のどっちの側に味方するかで天下が決まる。

5 :無名武将@お腹せっぷく:01/10/18 08:56
今川義元の上洛の主旨って“京の治安回復”このようなモノでしょ。
それなら足利将軍家には逆らわないのでは?

それより京までの道すがらの諸大名達の内、織田・斎藤・新興浅井辺りは滅亡を免れるのが
やっとってとこかな?六角、北畠辺りは干渉しなそうだね。
って言うか案外、斎藤には手こずりそうだから足利寄りの畿内勢力と結んで
挟み撃ちにしたかも?
どうだろ?ここら辺の成りゆき

6 :無名武将@お腹せっぷく:01/10/18 12:37
 今川は茶々丸をほっといたことや北条の後援やってたことで公卿系
(横領するから)に人気ないのです。細川にも嫌われてるので
綸旨や幕命で討伐令だされても不思議じゃないかも。
 皇領や寺社領も返還してないし。
 (信長はしゃれにならない献金して近衛を押さえていた。一応
将軍候補まで奉じていたし。)
 今川的には上洛はしなくて東海道(西へ)制覇か伊勢侵攻が可能性として高い。
北畠はヤツが南朝方についていた時代からのライバルだし。

7 :無名武将@お腹せっぷく:01/10/18 13:10
今川:魏
北条:呉
武田:蜀
三国志では始め魏の武将であったシバイが勝ち残ったように
今川の部下である徳川が江戸幕府を開く。
結局歴史は変わらない。

8 :無名武将@お腹せっぷく:01/10/18 13:26
信長を捕え斬首。信行に織田家の家督を継がせ、傀儡化。
以後、松平とともに先手として扱う。
織田敗北の報を受け、武田の援兵が美濃に続々と進出。
今川本隊と同行している北条方も、援軍を本国に要請。
美濃・稲葉山において、斎藤を囲む。その数5万5千。
その間、朝廷に戦勝の報告と、それにに合わせ千金を贈る。
上杉に対し勅命にて、北条との争いを停止し、今川に協力して、
天下静謐につとめよ、との綸旨発給に成功。
稲葉山を攻囲中、さらに朝廷に使者を送り、
三河守任官からわずかな日数で、従三位・参議に昇進。
美濃の国人衆にも朝廷からの綸旨により調略。
斎藤家の孤立に成功。

9 :無名武将@お腹せっぷく:01/10/18 13:40
>>8さん
>>信長を捕え斬首。信行に織田家の家督を継がせ、傀儡化。
織田信行は桶狭間の戦いの2・3年前に既に死亡していますよ。
織田家の家督を継がせるなら信長の兄弟の織田信広、信包等か信長の従兄弟で信長の妹を妻にしていた織田信清あたりが妥当かと思います。

10 :8:01/10/18 13:46
スマン。信広にしておいてくれ。
うろ覚えで書いたらいかんな、やっぱり。

11 :無名武将@お腹せっぷく:01/10/18 14:33
明智の内通により、稲葉山がほどなく落城。
若き光秀が家臣として仕える。
六角氏との同盟成立。義輝に使者を送り、後援を約束。
本来、国境線の確定程度のつもりの出兵であったが、
織田家の大敗により、予想以上の成果を収めた。
美濃侵略もその一つ。信玄には信濃全土、北条には関東切り取りを約束。
六角との同盟により、美濃の領地経営もなんとか軌道に乗り、
1561年の春は、今川家の天下への道を予感させるものとなった。
そこに、ある問題が顕在化。そう、関東管領に就任した上杉謙信である。
北条が上野で、武田が北信濃において、謙信と対立。
今川家からは、上野に松平、信濃に織田を援軍として
それぞれ3000の兵を付けて送る。

12 :無名武将@お腹せっぷく:01/10/18 14:47
1561年4月。越前朝倉が犬追者を大窪浜にて見物。
そこに今川の若き当主、氏真が同席。
蹴鞠に連歌にと、朝倉の文人好みと意気投合。
京の都にて、蹴鞠と連歌の会を開くことを約束。
これが後に、蹴鞠天下と呼ばれる長期平和の一歩であったことは、
まだ誰も気付いていない。

13 :無名武将@お腹せっぷく:01/10/18 15:09
信玄の口利きもあり、加賀一向宗との和睦に成功した越前は、
京での文化生活に憧れを抱く。
一向宗と信玄、北条の同時上杉攻めは、鬼神謙信を翻弄。
着実に謙信の配色が濃厚に。
上洛のための軍勢通過を六角に打診。
六角が首を縦に振らず、1561年冬、今川の上洛戦が開始される。
今川の主力は、遠・三・駿・濃・尾の兵45000.
ここに浅井・朝倉の兵が加わり、さらに将軍義輝からの要請による合戦
という大義名分つき。
六角氏が一瞬で消滅したのは言うまでもないことであった。
総大将・氏真の、晴れの舞台であった。
武田からは、義信が援兵として1000の騎馬隊を率いて参戦。
浅井長政とともに、氏真の都振りに惚れ惚れとしてしまう。
長政、義信が蹴鞠の道を志したのは、歴史の必然であった。
パラレルワールドの一つでは、信長の茶道政治というものがあったようだが、
ここでは、蹴鞠政治が発展することになる。
以後、名鞠は一国に値することになろうとは・・・。

14 :無名武将@お腹せっぷく:01/10/18 15:10
配色って・・・

15 :無名武将@お腹せっぷく:01/10/18 15:27
こいつら頭くるってる。
なぜ武田は今川と同盟したのかを考え直してから氏ね。
なぜ信長が茶道を家臣達に広めたのかを考えてから氏ね。
100年近く戦争している国だということを考えてから氏真とともに氏ね。
おまえは松平元康に殺されろ。

16 :無名武将@お腹せっぷく:01/10/18 15:28
六角攻めで見事な働きを見せた光秀に、兵8000を預け、
飛騨の切り取りをさせ、1562年には領土化。
姉小路は越後に逃げる。
伊勢攻めには岡部正綱・元信を派遣。羽柴という目先の利く
小物に助けられ、これもほどなく制圧。
続く伊賀攻めでも羽柴の働きが目立ち、連歌の会に同席を許す。
氏真の前で無様な失態を演じ、それを取り成した明智に、
生涯の忠誠を誓う。
以後、明智の組下武将として、生涯を過ごすことになる。
無骨で教養の無い羽柴が、1万石という大身になれたのも、
明智の度量の広さ故であった。

17 :無名武将@お腹せっぷく:01/10/18 15:28
>>13
蹴鞠政治により、れべるあっぷした日本は今頃ワールドカップの常連、
KemariSoccerと呼ばれる華麗な個人技を武器にしていたであろう。

18 :無名武将@お腹せっぷく:01/10/18 15:39
上洛に成功した今川に、義輝は管領職を与える。
将軍の直轄領に10万石ほどを寄進。
都に将軍のための城を築城。
将軍より三好攻めの裁可を得、畿内より三好勢力を一掃。
しかし、この頃より氏真の公家振りと、
義輝の武者振りが摩擦を起こしはじめる。
同時に、還俗した義昭と氏真が急激に接近。
都に不穏な空気が流れはじめる。

19 :無名武将@お腹せっぷく:01/10/18 15:44
足利義輝「義元殿こそまことの英傑。幕府再興を果たすには彼の力が必要だ」
将軍様の尽力により、今川家の外交があらゆる方面で有利になる。
しかし、三好・松永はこの事態に眉をひそめ、ある策謀を凝らす。
(将軍暗殺?)

20 :無名武将@お腹せっぷく:01/10/18 15:45
>>18
義秋が還俗す理由ないやん。

21 :無名武将@お腹せっぷく:01/10/18 15:48
何の事はない。
信長のやって来た事を 義元に書き替えているだけじゃないか?
もっとオリジナリティを!!

22 :無名武将@お腹せっぷく:01/10/18 15:53
上杉家が崩壊後、武田と北条が上野の沼田領をめぐり争いを始める。
越後はいまだ領地として機能しておらず、直江、宇佐美、柿崎らが
景勝を擁立して武田に反乱。
武田家内部では、義信が信玄の北条侵略に不満を持ち反発。
今川と北条が組み、信玄との合戦となる。
信玄は、穴山信君の裏切りにより敗退。真田の領地に逃げる途中、
信濃の旧村上家臣の地侍に討ち取られる。
越後の景勝を認め、信濃の大半は直轄領に。
関東管領に北条が就任。
背後の憂いを絶った今川家は、1564年、四国攻めを開始する。

23 :無名武将@お腹せっぷく:01/10/18 15:58
http://www2u.biglobe.ne.jp/~hole/

24 :無名武将@お腹せっぷく:01/10/18 15:58
>>20
ペンフレンドだった氏真が、蹴鞠仲間にしようと、還俗させた。
>>21
確かに・・。

25 :バロン伯尺に触る:01/10/18 16:03
今川家反感をかい今川包囲網、駿河、遠江、三河、尾張、美濃を取られる。
それを取り返すために出陣。
松永、三好、畠山残党と松平元康が都に攻めよせる。
足利義輝と今川氏真死亡。
今川義元は朝倉に逃げる。
今川義元は風魔、甲賀、伊賀忍軍に命を狙われ死亡。
終了

26 :無名武将@お腹せっぷく:01/10/18 16:10
包囲されてる?

27 :無名武将@お腹せっぷく:01/10/18 19:48
霧島那智の次回作ですか?

28 :無名武将@お腹せっぷく:01/10/18 22:44
信長のいなくなった戦国時代なんてつまらねぇって。

29 :無名武将@お腹せっぷく:01/10/19 02:29
>>28
そうかなぁ??
むしろこの仮説は桶狭間合戦以前の戦国時代において、
諸大名の一般的に予想した思惑(「今川は西進するだろうそして…」)だった筈。
彼等が想像し対策を練っていたその“信長抜きの天下取り”は興味ある点だよ。

30 :今川なんてどうでもいい静岡人:01/10/19 16:46
天下を取ったところで、義元に統治ビジョンなんてあるの?

31 :無名武将@お腹せっぷく:01/10/19 18:14
清洲城を囲んだ今川義元。
だが、何処からかピ〜ヒョロロ〜と美しい笛の音が。
「ほほう、あの大うつけの元にも、風流を心得た者がおじゃるのか」
と、笛のよく聞こえる場所に陣取って、笛の音に耳を傾ける。

すると、バーン!
と一発の銃声が。

主君義元の死により、今川軍は後退。
この圧倒的不利な清洲の戦いの勝利により、信長の名は全国に広まるのであった。

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